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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)33号 判決 1963年5月17日

控訴人 長野真一

被控訴人 百崎フミ子 外一名

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、原判決事実摘示と同一であるからそれをここに引用する。<証拠省略>。

理由

長崎市紺屋町七七番の一、宅地八三坪八合五勺は被控訴人らの先代高比良チヨの所有であつたが、チヨの死亡に伴い昭和二三年三月八日被控訴人らにおいて相続により右宅地の所有権を承継し、被控訴人らの共有に属すること、被控訴人らが昭和二五年三月二四日控訴人に対し、右宅地のうち二九坪八合一勺(以下単に本件宅地という)を建物所有の目的で期限の定なく賃貸し、控訴人が同宅地上に木造スレート葺平家建店舗一棟建坪二九坪八合一勺(長崎市紺屋町七七番の一、同番の二、家屋番号同町一一四番の二、以下単に本件家屋という)を所有していることは当事者間に争がない。

そして、成立に争のない甲第七号証の二、三、原審における被控訴人高比良本人尋問の結果によれば、被控訴人高比良は個人の資格と一面被控訴人百崎の代理人としての資格において、昭和三二年九月一七日控訴人に対し、本件宅地に対する賃借権の無断譲渡を理由として、右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと、被控訴人百崎はかかる代理権を同高比良に与えていたことが認められ、該認定に反する当審における控訴人本人尋問の結果は当裁判所の信用しないところであり、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、被控訴人らは「控訴人は昭和二九年五月三〇日被控訴人らの承諾を得ないで本件家屋を九州茶業株式会社に売渡し、翌三一日その旨の登記を経由して、右賃借権を譲渡したのであるから、被控訴人らのなした右賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生じた」旨主張し、これに対して、控訴人は「本件家屋は、登記簿上控訴人から九州茶業株式会社に対して売買を原因として所有権が移転したことになつているけれども、実質は右会社に対する債務のためにいわゆる譲渡担保としたもので、その間に本来の意味の売買がなされたのではなく、従つてその敷地の賃借権を譲渡したこともない」旨主張するので、まずこの点について判断を加える。

成立に争のない甲第七号証の三、同上乙第七号証、原審証人塩田照男の証言、原審並びに当審における控訴本人尋問の結果及び同本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第三号証、同上第八号証(後者の登記官署作成部分の成立は当事者間に争がない)原審における被控訴人高比良本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲第四号証を合せ考えれば、次の事実を認めることができる。

控訴人は本件家屋に店舗を構え「日向屋」の屋号で茶の販売を業としているのであるが、従来その営業は順調に経過し、茶の仕入先である九州茶業株式会社等に対する買掛金債務も滞りなく支払をなしていた。ところが昭和二九年に至りさきに控訴人がなした訴外本田トクヘイの為の保証債務について、支払の責に任ぜざるを得ない立場に追込まれたことが原因となつて取引銀行より取引停止の処分を受け、そのために自然営業状態も芳しくなくなり、仕入先に対する買掛金債務も蒿み、ついに九州茶業株式会社以外の仕入先からは取引を停止され、九州茶業株式会社に対する買掛金債務も同年五月三〇日には金百四、五十万円に達していた。そこで九州茶業株式会社としてはかかる事態をこのまま放置するにおいては、右債権の回収が不可能になることを惧れ、控訴人とその善後策について協議した結果債権の弁済確保の外、第三者からの差押を免れる目的もあつて、左記の如き方法を講ずることとした。すなわち、右五月三〇日(1) 同会社は控訴人が本件家屋にいずれも根抵当権を設定して負担する訴外株式会社九州相互銀行に対する金一六万二、〇〇〇円、訴外株式会社十八銀行に対する金九万円の各債務を控訴人のために立替支払うこと、(2) 控訴人は同会社に対する前記買掛金債務の内金八一万七、八五〇円、及び右立替金返還債務合計金二五万二、〇〇〇円以上合計金一〇六万九、八五〇円の債務の担保として控訴人の茶販売業の営業権、本件家屋、電話加入権、その他営業器具等一切の所有権を同会社に移転すること(すなわち営業譲渡)(3) 以後営業は同会社長崎支店の名をもつて継続し、控訴人を雇傭して支店業務に従事せしめる形式にするが、その実質は控訴人が従来のまま営業を継続し、ただ控訴人に対する給料という名をもつて予め定める控訴人の生計費及び営業経費を控除した利益全部を順次右債務の弁済に充当してそれが完済されたとき或いは他の方法で右債務が完済されたときは右営業すなわち本件家屋等の所有権は当然に控訴人に復帰すること(いわゆる譲渡担保契約)、等を内容とする合意が右会社との間に成立したので直ちにこれを実行に移し、本件家屋については翌三一日売買に名を藉りて同会社のために所有権移転登記手続を了し、営業も以後同会社長崎支店の名で継続されるに至つたが、控訴人は従前どうり本件家屋に居住し、従前どおり営業を主宰し、ただ計算関係を前記のとおりにすることにしていたに過ぎなかつた(もちろん、家賃等を支払う取決めもなかつた。)そしてかかる処置を執つたことについて控訴人より本件宅地の賃貸人である被控訴人らの諒解を得ておくことにしていたのであるが、控訴人がそのことを軽く考え、被控訴人らの諒解を得ないまま放置していたために、営業者名義の変つたことを知つた被控訴人らよりそれを理由に昭和三一年九月二〇日付内容証明郵便をもつて本件宅地明渡の請求を受け次で同年一一月一日同様の調停申立を受けるに至つたので、直ちに控訴人と合意の上同年一一月五日右譲渡担保契約を解除して従前の状態に戻し、本件家屋についても同月七日に売買に名を藉りて控訴人のために所有権移転登記手続を了し、その後昭和三二年二月二八日控訴人の前記九州茶業株式会社に対する全債務を元本一七〇万円とする準消費貸借に改めて、控訴人は該債務の担保として本件家屋に抵当権を設定した。以上のとおりの経緯であつたため、本件家屋の使用状況は従前と何らかわるところはなく、従つて本件宅地の賃料も従前どおり控訴人の名で被控訴人らに支払い、また控訴人は終始その家族とともに本件家屋に居住して営業を継続し、それに対して前記会社に対し何らの対価も支払つていないのである。

以上の認定を左右することのできる証拠はない。

ところで、もともと土地の賃借人が賃借地上に所有する家屋を第三者に譲渡した場合には、特別の事情のない限り、賃借権の譲渡または転貸がなされたものと解するを相当とするのであるが、本件の如き場合、すなわち、前認定の控訴人が九州茶業株式会社に対し本件家屋を譲渡したのは、いわゆる譲渡担保契約に基くものであり、従つて控訴人が被担保債権を完済すれば本件家屋の所有権は当然控訴人に復帰する関係にあり、しかも控訴人は依然として従前どおりその家屋を使用収益しそれに対して何らの対価も支払つていないというような場合には、特別の事情のない限り、賃借権の譲渡または転貸がなされていないものと解するを相当とする。しかも、仮に右のような場合にも賃借権の譲渡または転貸がなされたものといわなければならないものとしても、本件の場合は前認定のような関係にあるばかりでなく、本件譲渡担保契約は被控訴人らより解除の意思表示のなされた昭和三二年九月一七日より前である同三一年一一月五日合意解除されて本件賃借権は既に控訴人に復帰していること前認定のとおりであるから、かかる場合において被控訴人らに対する本件宅地の賃貸借における信頼関係が破られたものということはできないし、信義則上からいつても契約を解除されてもやむを得ないと見られるような契約違反の事実も認められない。

そうすれば、被控訴人らが控訴人に対してなした賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生ずるいわれはないから、これが効力を生じたことを前提として、控訴人に対し本件家屋を収去してその敷地の明渡を求めるとともに、右解除の意思表示のなされた日の翌日以降右明渡済に至るまで賃料相当の損害金の支払を求める被控訴人らの本訴請求は、その余の争点について判断を加えるまでもなく理由がなく棄却を免れない。

よつて、これと異る原判決を取消し、被控訴人らの本訴請求を棄却することにし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 丹生義孝 中池利男)

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